冬言響 / 日記

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シンデレラマン

昔々、あるところにシンデレラマンというボクサーがいました。シンデレラマンはいつも継母とその連れ子である空手家と柔道家の義姉たちにいじめられていました。主にシンデレラマンは拳打のみ、義姉たちは蹴りや投げ技もあり、というルールのスパーリングとかで。

あるとき、お城で武闘会が開かれました。義姉たちはこの国で最強の格闘家である王子様の目に止まろうときれいな道着に身を包み勇んで出かけて行きましたが、使い古したトレーニングウェアしか持っていないシンデレラマンは留守番です。悲しみに暮れながら道場のぞうきん掛けをしていると、魔法使いが現れ、魔法でトランクスやガウンやリングシューズを出してくれました。「さあ、これを着てお城に行きなさい。ただし夜中の 12 時に魔法は解けてしまいますよ」。

お城では幾人もの格闘家たちが王子様に挑んでいましたが、それぞれの競技では一流である彼らも、打・投・極の全てを極めたトータルファイターである王子様の敵ではありません。シンデレラマンの義姉たちもボコボコでした。

カポエィリスタをパンケーキで、アマレスラーを双撞掌で、拳法家をメーア・ルーア・ジ・コンパッソで打ち倒すと、失望のため息を漏らす王子様。もう立ち向かって来る者はありません。今夜こそは、と思い挑んだ武闘会でしたが、もはや彼を満足させられる相手はこの国にはいないのでしょうか。

そこへシンデレラマンが現れました。「ボクサーか」王子様はつまらなさそうに呟きます。今夜だけでもう何人ものボクサーと闘ってきましたが、誰もローキックひとつ捌けません。投げに対して受け身を取ることも出来ませんし、グローブをはめた手では関節技を防ぐことも出来ません。

だからといって眼前に二本の脚で立つ相手に対して手を抜く王子様ではありません。いっきに距離を詰めると、ジャブの間合いのぎりぎり外からローキックを放ち??その蹴りを、シンデレラマンが上げた片足でガードします。きれいな形の受けになっています。わずかに驚きの表情を浮かべた王子様が、今度は手を伸ばしてシンデレラマンのガウンを掴みますが、投げの体制に入る直前にそれを切られ、さらにカウンターのフックが飛んできました。

かろうじてそれを交わすと、距離を取り、身構える王子様。シンデレラマンもまた構えを取ります。一見した限りではごく普通のアップライトスタイル。しかし百戦錬磨の王子様の目は、わずかに広く取られたスタンスや、重心の掛け方や、爪先が刻むリズムが、パンチだけでなくあらゆる攻撃に備えたものであることを見逃しません。毎日のように空手家や柔道家である義姉たちとハンディマッチルールのスパーリングを繰り返してきたシンデレラマンもまた、基本スタイルこそボクシングであるものの、一通りの打撃と組技に対応出来るトータルファイターだったのです。

今夜最大のスペシャルマッチのゴングが鳴ります。倒れた格闘家たちが見守る中、王子様とシンデレラマンはそれぞれの持てる限りの技を相手にぶつけあいます。それはボクシングとか空手とか柔道とかレスリングとか拳法とか、そういった“枠”にいっさい縛られない、二人の人間が持つもの全てを比べ合う、純粋な格闘技でした。

しかし夢のようなその時間も長くは続きません。夜中の 12 時。魔法が解ける時間が近づいてきました。お城の鐘が鳴り始めるのを聞くと、シンデレラマンはわずかに躊躇しました。もっと王子様と闘いたい。けれども、魔法が解ければガウンもトランクスもリングシューズも消え、もとの小汚いトレーニングウェアとスニーカーの姿に戻ってしまいます。とてもお城の武闘会に居られる姿ではありません。

背を向け、走り出すシンデレラマン。わずかに遅れてそれを追う王子様。しかし追いつけません。途中、シンデレラマンはグローブを片方、落としてしまいました。脚を停め、それを拾い上げる王子様。百人近い相手と闘ってきたため、実のところそろそろスタミナの限界だったのです。

王子様の想いもまた、シンデレラマンと同じでした。あのボクサーともっと闘いたい。出来れば万全の状態で。

翌日、王子様は国中におふれを出します。「このグローブが合うボクサーを探し出すのだ!」。かくして、国中を巻き込んで真の「最強」を決めるための闘いが幕を開けたのです??

「っていう話じゃねえの?」

「違うよ馬鹿」

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